高校時代 19
東京デザイナー学院を受験した。試験は作文のみだったと思う。
両親は、画家はダメだがデザイナーだったら許すと言った。
合格していざ東京へ来たもののデザイナー学院にはどうしても行く気にはなれなかった。
あの時なぜ嘘を言えなかったのだろうか。
親父は「もう応援しない。」と言ってきた。
私は仕方がなく有名画家 林武 を訪ねることにした。林武は芸術新潮や美術手帳等で中野のアトリエを写真で見ていたので、中野駅から歩いてすぐのところですぐに判った。
林武はグラフで見た通りでグジャグジャの頭で、よれよれの浴衣で出てきた。
私は事情を話し、弟子にしてくれと頼んでみた。
林武は、「代議士や著名人からこの手の話は無数に来るが、私は全て断っている。勉強をしたければ芸大に来なさい。」と言った。
私は、芸大に行けるくらいならここへは来ないと思った。
東京にこのまま居ることは不可能だった。
金を作る事を考えたら、恥もくそも無い。
田舎へ帰って来た。
これが又親父を激怒させた。